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熊本藩が難しい…😣
まず、僕の顔か見るに、桜餅っぽい(細川桜)のと、馬っぽいので、まず、馬刺しを通っている可能性があるということ。
で、馬刺しを食べていたのは、細川忠利。
しかし、細川忠利は今上天皇とも繋がっていなかったし、そんなルーツはなかった。
細川忠利以降を、久子さまの先祖と繋げるのは結構難しい。
なので、どこで繋がっているのかが、さっぱり分からないほど、子孫が多い。
唯一、今上天皇と繋がっている、細川忠隆のコースと、多羅のコース。しかし、馬刺しを食べていない可能性が高いですね。
何故かと言うと、この二つのコースは熊本人が入っているとは言いにくいからです。
つまり、僕の主張する細川忠利以降の繋がりは、熊本人の先住民が居るという形から考えているわけです。
恐らくそれは、1700~1900年の間であろうと思う。
なぜかというと、僕が割と簡単に自撮りで熊本人が撮れてしまうからだ。
久子さまの先祖である、九条尚忠は、先祖に細川家が存在しているんですが、最終的に確認できたのは1500年代までという感じ。
さて、どこに細川忠利と繋がっている子孫が、久子さまの先祖と繋がっているか、興味深いものです。
※これは僕が久子さまの婚外子と考えた時の妄想です。
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